つらぬくような軽いいたみ

毎日は書くことができない日記

ユージニア

 茫然としながら美味卵屋を出る。チョコレートが食べたい。ガーナチョコやダースとかじゃなくて、もっとおいしいものを。この近くにはドゥバイヨルしかない。ふらふらとOAZOの方に歩いていく。
 今日の僕は、何となく気になっていたものを手に取ってしまう傾向にあるらしい。見た瞬間に「ああどうせ僕この本すごく気に入るんだろうな」となぜかわかる本がときどきある。やまだないとの「西荻夫婦」。川上弘美の「ニシノユキヒコの恋と冒険」。織田作の「夫婦善哉」もそうか。サヴァンの「僕の美しい人だから」とかも。
 恩田陸は、特にプロットとか考えないでふらふら書きたいように書いてしまう、というようなことを何かのインタビューで言っていたのがとても気になっている。最近「夜のピクニック」で話題になっているし、「Q&A」も未読だがコンセプトは素晴らしいと思った。
 でも「ユージニア」は何か違う。半透明のカバーと帯。キャッチコピーは「誰が世界を手にしたの?」。夜の公園を吹きぬける風の匂いがする。蛍光灯の色が見える。旧家の広い畳張りが足元に広がる。読む前からそういう夏の日はあった、と思った。ページを開く。男川と女川。旧家が並ぶ。北陸地方の街。ああ。
 そういう思いはある。そんな憧れはある。そんな支配はある。そんな未必の故意はある。そんな同一化の欲望もあれば、そんな異化の欲望もある。様々な人へのインタビュー形式で展開する過去の事件。うまい。推理小説としてはわかりにくいだろう。すっきりしないだろう。でも事件とはそういうものだ。事実が明らかになっても、視点をずらせば事件は違った形を取る。
 本文が乱れていることなんて気付かない。完全にトランス状態で読んでいたら、側に仕事帰りの大先輩が立っていた。全然うまく話せない。グルメの本を探しに来たらしいことはわかったけど。こんな状態の自分を見られたことが急に恥ずかしくなる。
 先輩と話していたらもう閉店の時間。ドゥバイヨルでチョコを買い、神田のBook1stへ向かった。ユージニアを最後まで立ち読みするために。