つらぬくような軽いいたみ

毎日は書くことができない日記

自分がメリーゴーランド

 23時30分から走り始めて、1周するのに30分くらいかかる。1周目ではライトアップされていた東京タワーが2周目には暗くなっていた。いつも同じベンチに座っているホームレスの人が2周目では警察官と言い争っていたが、3周目では大きな荷物ごと消え去っていた。1周目では何事もなかった交差点では2周目には交通事故の現場検証が行われていたが、3周目には事故車も事故処理車も消え去っていた。木々の香りのせいか、いつも不思議と足取りが軽くなる代官山通りではカップルと2回すれ違った。皇居の周りを歩いているにしてはすれちがう回数が少ないなと思ったら、代官山通りの歩道を歩き、端まで来ると反対側の歩道に移って往復している。4周目に入るまでそのことに気付かなかった。何をしているのだろうと思うが、向こうにしてみればこちらの方こそ何をしているのかという話だ。どちらかというと僕も、走りたがる人間の方がわからない。
 走っている間はとにかく退屈だ。堀に囲まれた皇居は大きな湖に浮かぶ島のように見える。体の左半分が普通の道路の騒音にさらされているのに右半分が音を吸い込むほどの静けさに浸されているのは健康に悪いのではないかと思う。退屈なのは知っていたから考え事をしよう、とあらかじめ考え事を用意していたのだけど、検証するための資料も手元にはないし、考えを残すメモもないしでどうにもならない。どうせ忘れるなら大した思い付きではないと開き直ったら楽しくなった。アイデアを次々思いついて次々忘れていくというのは、なんというか、贅沢な過ごし方であるのではないか。くだらないアイデアであればあるほど良い。水素を燃やして走る車になったような気分だし、夢を栄養にするバクになったような気分かもしれない。食べてるのは自分のだけど。
 18キロを過ぎるくらいでさすがに足が痛くなってきてとても残念に思う。永遠に走り続けられるわけではないことが改めてわかってしまったからだ。